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長崎へ

March 30, 2018

 

先日義理の父と夫と2人の娘達も連れて長崎を訪れました。

長崎で生まれ育った父はちょうど長女の年に被曝してます。

父の元気なうちに父の口から孫娘たちに伝えてもらいたい平和への思い、

その地に立って彼女達も感じるものが多かったと思います。

東京でも朝日新聞の取材を受けていた父ですが、原爆資料館と母校の瓊浦中学にも記者の方が同行して下さり、寄贈した名盤を見に行くことが来ました。

一言では言い表せない意味深い旅となり、2年前に寄稿した文が出て来ましたので添付いたします。

 

平和を祈りつつ

 

 

 

小学校の帰り道、週3回途中下車して通い続けた日舞のおけいこ。 もう40年以上前に渋谷東横のれん街の上階にあった東横劇場で踏んだ初舞台は 私の幼少の想い出の中で一番のインパクトある出来事として残っている。 緊張はしていたものの楽しんで踊ることが出来た。 ただ観客席で瞬きもせず、心配な面持ちでこちらを見守ってくれている父の姿を見た時は、 さすがに幼心にも強く感じるものがあった。
一人っ子の私にとって、学校での友人の他に芸事で精進し合う友人もまた宝物。 先生、先輩は文字通り先を行く人生の師であり、私の生き方を決めてくれたといっても過 言ではない。
どんな事があっても舞台に穴を空けない。高熱が出ても、例え身籠っていても。 最後に国立劇場で舞台を踏んだ時、お腹には長女がいた。 気を遣ったが私の子が落ちるわけないと信じて舞台に立った。 無事勤めて翌日検診に行き、元気であることを確認してから両親に打ち明けた。
心配のあまり、母からは質問攻めにあったが、 父は黙って聞いていた。そして一言、おめでとう、と。
職業として宝石を選んだことで、夫、周防貴紀と出逢い二人三脚の仕事と育児。手いっぱ いの日々が10年続いた。同時に周防勇が義理の父となった。
私の中では舞台復帰など夢のまた夢。子供達を追いかける毎日だったが、結局ジュエリー でも和のモチーフであったり、歌舞伎や日舞の演目から来るデザインが自然と生まれてい た。
また、縁あって作る事になった宝飾品としての独楽にも漆を施したり、日本刀の伝統技術である鍛金による杢目金MOKUMEGANEなども、やはり和の伝統文化を意識するものだっ た。それらは義父から夫、貴紀へ伝承された技術である。
私の父の他界から2年が過ぎ育児も少し落ち着いてきた頃に、そろそろ踊りも再開したらと先生から お声をかけて頂き、昨年の日本橋劇場で舞台復帰。
以前、大使のご婦人方を前に藤娘を踊ってその説明をさせて頂いた経験から、いつか外国の方に踊りを教えて差し上げられたらと思っていたところ、その機会もこのタイミ ングに飛び込んできた。 日本へ留学されている生徒に日本の文化であるお茶と日舞、立ち居振る舞いの教室、それはとても好評だった。また、子を持つ親として、自分の子のみならず、これから日本を背負っていく子供 たちが、留学先で日本人であることを表現できる手段の一つとして、日舞や茶道て身近なところで折り紙でもパフォー マンスとして役立ってくれたらと、同志の友人と子供向けの講座を開催することとなった。
師匠からは国立劇場への導きを戴き、今秋11月5日に向け自分の稽古が始まる。 今度は仕事の面でもまだまだ指導をして下さり、また、日舞にも理解のある周防の父を、平和を祈りながら踊り、舞台の上から探したいと思う。
エネルギーのある祭り長崎くんち、その土地に生まれ育ち、多くの負の遺産をも力に変えて祈り続ける父の背中を見て、私がここに居ること、生命が繋がっていることに感謝して。生き残った父のその孫を育てていることを自覚して、子供が反戦を自ら掲げ唱うよう育て上げることが私の使命だと強く思う。

2016・5・12
ジュエリークレスト 石井恵理子こと
藤間勘七蕗
 

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